個人的な意見を言わせてもらうと、パワーリザーブ表示はいらないと思いますね」。そう語ったのは、ツァイトヴィンケルのメンテナンスを行う、ゼンマイワークスの佐藤努氏だ。
彼はその理由を3つ挙げる。ひとつは香箱から動力を取っている点。つまり、パワーリザーブ表示機構に問題があれば、時計自体が即止まってしまうことになる。もうひとつが、注油しないものもある点。
「一部の時計は、パワーリザーブ表示機構に油を注さないのです。おそらく、主輪列のように高速回転しないから、というのが理由でしょう。でも、香箱の動きを反映するので、パワーリザーブ表示輪列にかかる側圧は強いですよね。結果、パワーリザーブ表示機構は摩耗して、止まりの原因となる」
そして最後が部品点数だ。先述した通り、部品点数が少ないほど時計は壊れにくくなる。しかし、パワーリザーブ表示は針を進めるためと戻すために2系統の輪列を使う。どう簡潔に設計しても、部品点数は増えざるを得ないだろう。対して、多くの時計メーカーはシンプルなものを作ろうとするが、視認性は良くない。
「だから、個人的にはパワーリザーブ表示は好きではありませんね」とは、この卓越した時計師の感想である。
しかし、ツァイトヴィンケルのパワーリザーブ表示機構はよく出来ている、とも佐藤氏は語る。
「部品点数は少なくないのです。しかし、大事なことは、パワーリザーブ表示の輪列をバラして油を注せることです」
抵抗が少ないからパワーリザーブ表示機構には油を注す必要がない、というのが一部メーカーの見解である。とりわけ、メンテナンスの標準化が進む現在は、そうした傾向が一層強まっている。そのため、最近のパワーリザーブ機構の部品には、部品をカシメて、注油できなくしたものも増えてきた。こうなってしまうと、部品をばらすことはできないし、もちろん注油は不可能だ。設計上は問題ないのだろうが、物理的にトルクがかかる箇所はどうしても摩耗する。結果、時計はスタックしてしまう。佐藤氏が展開図を持ってきてくれた。
「これがツァイトヴィンケルのパワーリザーブ表示機構の設計図です。完全に油を注せるようになっているのがわかるでしょう? 注油するオイルは、メービスの9020系です」
ただし、設計は相当複雑だ。パワーリザーブ輪列は途中まで2系統に分かれている。ひとつは針を進めるためのもの、もうひとつは戻すためのもの。両者は遊星歯車を用いた切換車で1系統にまとめられている。その切換車は、ちょうど片方向巻き上げのリバーサーのように働く。順方向に動く場合は、回転運動をそのまま伝える。これはパワーリザーブ針を進める場合だ。逆方向に回る場合は、切換車がスリップして、回転をシャットアウトする。こちらはパワーリザーブ針を戻す場合の働きである。